日本国内で過去に起きた有名な事件35選

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はじめに

日本の戦後史には、社会を震撼させた多くの事件がありました。これらの事件は、日本社会に大きな影響を与え、今なお語り継がれています。本記事では、1945年以降に日本国内で起きた有名な事件を、最新のものから順にご紹介します。

ススキノ首切断事件(2023年)

ススキノ首切断事件として知られるこの事件は、2023年7月に北海道札幌市の歓楽街ススキノで発生しました。この事件で注目されたのは、犯人である田村瑠奈(当時28歳)が、ホテルの一室で被害者の男性の首を切断し殺害したあと持ち去ったことです。首を切断するという手口から、事件は「#ススキノ首狩り事件」と呼ばれるようになりました。

田村瑠奈は、自身の行動を「#ジェフザキラー」というインターネット上で有名な架空の殺人鬼キャラクターになぞらえていたとされています。ジェフザキラーはホラー文化において知られているキャラクターで、顔に笑顔を刻みつけた狂気の殺人者として描かれています。田村は、犯行後も冷静な態度を崩さず、警察に逮捕されました。

この事件は、犯行の異常性や模倣犯の可能性を含むホラー文化の影響など、多くの社会的な議論を呼び起こしました。ススキノの事件は、その残忍な手口から日本国内外で大きな反響を呼び、メディアやインターネット上で広く報道されました。犯行の動機や背景についても多くの議論が交わされました。

京王線列車襲撃事件(2021年)

2021年10月31日、東京の京王線車内で発生した襲撃事件です。犯人が刃物を持ち乗客を襲い、さらに車内で放火を試みました。この事件は日本国内外に大きな衝撃を与えました。

京都アニメーション放火事件(2019年)

2019年7月18日、京都市にあるアニメ制作会社「京都アニメーション」のスタジオが放火され、36人が死亡、34人が負傷した大惨事となりました。この事件は、日本国内外で大きな衝撃を与え、アニメ業界にも深い傷を残しました。

池袋暴走事故(2019年)

2019年4月19日、東京都池袋で高齢者が運転する車が暴走し、母子を含む2人が死亡、9人が負傷しました。この事故は、高齢者の運転免許に関する議論を巻き起こし、社会的な関心を集めました。

相模原障害者施設殺傷事件(2016年)

2016年7月26日、神奈川県相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で、元職員の男が入所者を次々と襲い、19人が死亡、26人が負傷する事件が発生しました。この事件は、日本のみならず世界中で衝撃を与え、障害者への偏見や差別が改めて問題視されました。

大口病院点滴異物混入事件(2016年)

2016年9月、横浜市の大口病院で、点滴に異物が混入され、多数の患者が死亡する事件が発覚しました。事件は未解決のままであり、医療施設における安全性が強く問われるきっかけとなりました。

東日本大震災(2011年)

2011年3月11日、東北地方を中心にマグニチュード9.0の巨大地震が発生し、その後の津波と福島第一原子力発電所の事故が重なり、甚大な被害をもたらしました。震災後の復興には長い年月がかかり、現在もその影響は続いています。

尼崎連続変死事件(2012年)

兵庫県尼崎市で、複数の人々が監禁され、連続して殺害された事件が発生しました。この事件は、2012年10月に発覚して男女が不審な死を遂げた兵庫・尼崎の連続変死事件としてワイドショーに大きく取り上げられました。殺人容疑などの主犯格とされる角田美代子容疑者(当時64)が被害者達を次々と洗脳支配する手口の凄惨さから、日本社会に深い衝撃を与えました。同容疑者は12年12月12日、兵庫県警本部の留置場で自殺、同容疑者の死亡で全容解明が困難になり終了しました。

江東マンション神隠し殺人事件(2008年)

2008年3月、東京都江東区で、女性がマンション内で突然行方不明になり、後に遺体が発見された事件が発生しました。犯人は女性の知人であり、その残忍な手口が社会に大きな衝撃を与えました。

秋葉原通り魔事件(2008年)

2008年6月8日、東京・秋葉原の歩行者天国で、加藤智大被告がトラックで突入し、はねた後、通行人を次々と刺し、7人が死亡、10人が負傷する無差別殺傷事件が発生しました。最高裁は、一、二審の死刑判決を不服とした加藤被告の上告を退け、死刑判決が確定。インターネットやアニメ文化の発信地として知られる秋葉原での事件は、全国に大きな衝撃を与えました。

闇サイト殺人事件(2007年)

2007年8月、名古屋市で、インターネットの闇サイトを通じて知り合った男たちが、金銭目的で女性を拉致し殺害する事件が発生しました。この事件は、インターネットの匿名性が犯罪に利用される危険性を浮き彫りにしました。

プチエンジェル事件(2003年)

2003年、東京で少女が誘拐され、監禁された後に発見された事件が発生しました。この事件は、未成年者を狙った犯罪の深刻さを浮き彫りにし、社会に大きな波紋を呼びました。

北九州監禁殺人事件(2002年)

福岡県北九州市で、複数の家族が監禁され、拷問を受けた末に殺害された事件が発覚しました。この事件の残虐性は広く報道され、加害者の洗脳や支配の恐ろしさが社会問題となりました。

雪印食品・偽装表示事件(2002年)

2002年、雪印食品による牛肉の偽装表示が発覚しました。BSE(牛海綿状脳症、通称「狂牛病」)問題に関連して発覚したこの事件は、食品業界全体の信頼を揺るがす大きな問題となり、雪印食品は事件後に経営が悪化し、同年4月、会社解散に追い込まれました。

大阪教育大付属池田小児童殺傷事件(2001年)

2001年6月8日、大阪府池田市にある大阪教育大学付属池田小学校で、宅間守元死刑囚が包丁を持って校内に侵入し、8人の児童を刺殺、教師2人を15人を負傷させた事件が発生しました。一審・大阪地裁で死刑判決を言い渡され、弁護人が控訴したが、宅間元死刑囚が取り下げて確定。その後04年9月に死刑が執行されました。この事件は学校の安全対策や精神障害者の処遇について、全国的な議論を巻き起こしました。

世田谷一家殺害事件(2000年)

2000年12月30日、東京都世田谷区の会社員方で一家4人が自宅で殺害される事件が発生しました。本人と妻、長女が刺殺され、長男が窒息死しているのが見つかった現場には、犯人の血痕や指紋など多くの証拠を残しながらも、未だに逮捕されておらず、未解決のままとなっています。

山口・光市母子殺害事件(1999年)

1999年4月14日、山口県光市の団地で、主婦(当時23)とその長女(同11カ月)が自宅で殺害される事件が発生しました。犯人は18歳1カ月の少年で、その動機や犯行の残忍さが社会に深い衝撃を与えました。2006年6月、最高裁が高裁に差し戻し。08年4月、広島高裁が死刑判決。12年2月、2度目の最高裁判決で死刑判決が確定し、少年法の在り方が議論されました。

埼玉・桶川ストーカー事件(1999年)

1999年10月26日、埼玉県桶川市のJR桶川駅前で、女性が元交際相手のストーカーに殺害される事件が発生しました。この事件は、交際を断られた容疑者の兄ら計4人が、殺人などの罪に問われ、一審で無期懲役~懲役15年の判決を受けました。警察の対応の不備が指摘され、ストーカー規制法の成立へとつながりました。

和歌山毒物カレー事件(1998年)

1998年7月、和歌山県で開催された夏祭りで、出されたカレーに猛毒のヒ素(亜ヒ酸)が混入され、計4人が死亡、住民ら63人が急性ヒ素中毒になる事件が発生しました。和歌山県警は1998年10月、保険金目的の殺人未遂と詐欺の容疑などで女性が逮捕・起訴され、死刑判決を受けましたが、動機や真相については多くの議論が続いています。最高裁は2009年5月18日、殺人罪などに問われた林真須美容疑者が出した訂正申し立てを棄却。林被告の死刑が確定しています。

神戸連続児童殺傷事件(1997年)

1997年5月27日朝、神戸市須磨区で、小学6年生の男児が連続して殺害される事件が発生しました。犯人は中学3年(当時14歳)の少年で、その残忍な犯行内容と動機が社会に大きな衝撃を与えました。この事件は「酒鬼薔薇事件」とも呼ばれ、少年法改正の議論を引き起こすきっかけにもなりました。事件を機に、01年4月、刑事罰の対象年齢を14歳に引き下げた改正少年法が施行されました。

八王子スーパー3人射殺事件(1995年)

1995年7月30日午後9時15分ごろ、東京都八王子市大和田町の「スーパーナンペイ大和田店」2階の閉店後の事務所で、アルバイト店員3人が頭を拳銃で撃たれ射殺される事件が発生しました。犯人は逃走し、事件は未解決のままとなっています。

地下鉄サリン事件(1995年)

1995年3月20日、オウム真理教によって東京の地下鉄でサリンが撒かれ、多くの死傷者が出ました。通勤時間帯に発生したこの事件は、社会に大きな衝撃を与えました。

松本サリン事件(1994年)

1994年6月27日、オウム真理教が長野県松本市でサリンを散布し、8人が死亡、600人以上が被害を受けました。また、1995年3月20日には東京地下鉄でサリンを撒いたテロ事件が発生し、13人が死亡、1000人以上が負傷しました。これらの事件は、宗教団体によるテロとして国内外に大きな衝撃を与えました。

市川一家四人殺人事件(1992年)

1992年、千葉県市川市で一家4人が殺害される事件が発生しました。犯人は強盗目的で侵入し、家族全員を無差別に襲った残虐な手口が世間に衝撃を与えました。

女子高生コンクリート詰め殺人事件(1988年)

1988年、東京都足立区で女子高生が拉致され、約40日間にわたる監禁・拷問の末に殺害される事件が発生しました。遺体はコンクリート詰めにされて発見され、その残虐さから社会に深い衝撃を与えました。

東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件(1988-1989年)

1988年から1989年にかけて、東京と埼玉で幼女が連続して誘拐・殺害される事件が発生しました。犯人である宮崎勤元死刑囚(当時45)は幼女を狙った残虐な行為を繰り返し、社会に深い不安をもたらしました。

日航ジャンボ機墜落事故(1985年)

1985年8月12日、群馬県御巣鷹山に日本航空123便が墜落し、520人が死亡する航空事故が発生しました。これは単独機としては世界最悪の航空事故であり、その後の航空安全に対する取り組みが大きく進展しました。

グリコ・森永事件(1984-1985年)

1984年から1985年にかけて、大手菓子メーカー「江崎グリコ」や「森永製菓」が次々と脅迫される未解決事件が発生しました。犯人は「かい人21面相」と名乗り、企業に対する不正行為を続けたが、結局逮捕には至りませんでした。

三菱重工爆破事件(1974年)

1974年8月30日、東京の三菱重工業本社ビルで爆破事件が発生し、8人が死亡、376人が負傷しました。これは日本赤軍によるテロ行為の一環であり、当時の日本社会に大きな不安をもたらしました。

浅間山荘事件(1972年)

1972年2月、長野県軽井沢町の浅間山荘で、連合赤軍が人質を取って立てこもる事件が発生しました。警察の特殊部隊が出動し、10日間にわたる攻防の末に人質が解放されました。この事件はテレビで生中継され、日本中が注目しました。

よど号ハイジャック事件(1970年)

1970年3月31日、東京発の日本航空351便(よど号)が、赤軍派によってハイジャックされ、北朝鮮に向かう事件が発生しました。犯人たちはそのまま北朝鮮に亡命し、事件は日本国内に大きな衝撃を与えました。

三億円事件(1968年)

1968年12月10日、東京都府中市で、現金輸送車から約3億円が強奪される事件が発生しました。犯人は巧妙な手口で警察を欺き、未解決のままとなっています。この事件は、日本の犯罪史においても特に有名です。

松川事件(1949年)

1949年8月17日、福島県で列車が脱線し、3人が死亡する事件が発生しました。当初は労働争議に関連する犯罪として多くの人々が逮捕されましたが、その後冤罪の可能性が指摘されました。

下山事件(1949年)

1949年7月5日、初代国鉄総裁・下山定則が轢死体で発見される事件が発生しました。自殺か他殺かが議論されましたが、事件の真相は解明されていません。

三鷹事件(1949年)

1949年7月15日、東京都三鷹市で無人列車が暴走し、6人が死亡する事件が発生しました。この事件も、当初は労働争議に関連する犯罪として扱われましたが、真相は未解明のままです。

まとめ

これらの事件は、いずれも日本社会に深い影響を与えた出来事です。これを通じて、社会の変化や問題点を振り返ることができるでしょう。各事件には、それぞれの時代背景や社会情勢が反映されていますので、興味がある方はさらに詳しく調べてみてください。

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