はじめに
日本で飼われているペットというと、犬派と猫派に分かれますよね。2023年の日本国内のペット飼育数は、犬が約684.4万頭、猫が約906.9万頭と報告されています。最近では、日本国内のペットの飼育数が犬よりも猫の方が上回る傾向にあり、猫派がどんどん増加しているようです。
猫は犬に比べて飼い主の言うことをあまり聞かないように見えますが、逆にその自由奔放な動きがたまらなく可愛いと感じる人も多いのではないでしょうか。実は、猫も犬と同様に「ボールを取ってこい」といった遊びをしてくれることがあります。
今回ご紹介する論文は、ネイチャー誌の Scientific Reports に掲載された「Fetching felines: a survey of cat owners on the diversity of cat (Felis catus) fetching behaviour」から、ペンシルバニア大学の研究者であるジェームズ・セルペル氏が、猫が「取ってこい」遊びをすることについて科学的に検証した研究結果を取り上げています。本記事では、この研究を基に、猫が犬と同様に人間と豊かな社会的関係を築けるのかどうかについて考察していきたいと思います。
猫の「取ってこい」行動に関する科学的検証


研究の目的と結果
主題は『猫が犬のように「取ってこい」遊びをするかどうかを科学的に解明すること』で、研究の目的は犬と猫の「取ってこい」行動の発生率や行動特性を比較して、それぞれの動物がこの行動を行う背景や要因の解明となります。報告された新しい研究データによると、調査を行った猫の 40% 以上がボールを取ってくる遊びをしており、犬の場合は約78%が同じ行動を示すことがわかりました。この調査結果で犬だけでなく、猫も「取ってこい」遊びを行うことが確認されましたが、猫の「取ってこい」行動は、飼い主による訓練ではなく自発的に行われており、猫自身が遊びを始めることを好む傾向が見られました。
猫の「取ってこい」行動の発生要因
研究で確認された猫の「取ってこい」行動の発生要因として、以下のような点が挙げられます。
- 性別:オスの猫はメスの猫に比べて「取ってこい」を行う頻度が高い。
- 年齢:若い猫ほど「取ってこい」をする傾向が強く、年齢が高くなるにつれてその頻度が低下する。
- 健康状態:健康な猫の方が「取ってこい」をしやすく、健康に問題を抱える猫は行動頻度が低下する。
- 飼育環境:同居する動物として犬がいると、猫が「取ってこい」を行う頻度は低下する。
犬の「取ってこい」行動の発生要因
犬の場合も猫と同様の発生要因が確認されましたが、特に以下の犬種が「取ってこい」を行う傾向が強いことがわかりました。
- 特定の犬種(ゴールデン・レトリーバー、ジャーマン・シェパード、ラブラドール・レトリーバーなど):人間の指示に対する反応性が高く、遊びに対して興味を持ちやすい犬種は「取ってこい」をする傾向が強い。
- 犬種間の違い:猟犬や家畜を守る犬種は「取ってこい」をする頻度が低い。
猫と犬の「取ってこい」行動の起源と進化の影響
猫と犬の行動が異なる理由は、それぞれの進化の過程と家畜化の歴史に起因しています。以下、具体的な理由を解説します。
進化の過程と生態的特性の違い
- 犬はもともと「群れで生活する捕食者(群れ捕食者)」として進化しました。オオカミのように、群れで狩りをする生活スタイルを持ち、リーダーの指示に従いながら協力して獲物を追いかける習性があります。このため、犬は集団生活の中でリーダー(飼い主)に従うことが生存にとって重要な要素となり、結果として「飼い主の指示に従いやすい」行動特性を持つようになりました。
- 猫は、「単独行動する捕食者(単独捕食者)」として進化してきました。猫科動物は主に一匹で狩りを行い、他者と協力する必要がほとんどありません。そのため、猫は自分の判断で行動することが基本となり、群れのリーダーに従うといった行動は進化の過程で必要とされませんでした。これが、猫が「飼い主の指示に従いにくい」特性の根本的な理由です。
家畜化の歴史の違い
- 犬の家畜化は、約2万年前から1万5千年前に始まったとされ、オオカミが人間の集落に近づき、次第に人間との協力関係を築くようになったことに起源があります。初期の犬たちは狩りや見張りなどの人間の生活を助ける役割を担い、その過程で「人間の指示に従うこと」が重視されてきました。そのため、人間の指示を理解しやすく、人との協力関係を築きやすい特性が強化されてきたのです。
- 猫の家畜化は、犬に比べてはるかに短い歴史しか持たず、約9,000年前に農業の発展と共に始まりました。当時、農作物を守るためにネズミなどの害獣を駆除することを目的として猫が集落に受け入れられました。猫は人間の指示を必要とせず、主に自発的にネズミを捕まえることで重宝されていたため、「人間に従うこと」は家畜化の過程で求められていませんでした。これにより、猫は自律的な行動が強化され、人間に依存せず、独立して行動する傾向が残っています。
脳の構造とコミュニケーションの違い
- 犬は脳の中で「社会的行動」に関連する領域が発達しており、他者の表情や声の調子、身振りを敏感に読み取る能力を持っています。これにより、人間の指示や命令を理解し、従うことができるのです。
- 一方、猫も人間の声やジェスチャーを理解する能力を持っていますが、犬に比べるとその「社会的行動」に関連する領域の発達が控えめです。猫は、他者とのコミュニケーションよりも「環境との相互作用」や「捕食行動」を重視する行動を取ることが多く、人間の指示に従うことが優先されにくいのです。
学習と習慣の違い
- 犬は「条件反射」や「社会的学習」を通じて、飼い主の命令やトレーニングに応じて行動することを学びやすいです。飼い主に従うことが成功体験として認識され、報酬を得ることに繋がるため、より指示に従う行動が強化されやすいです。
- 猫も条件反射を通じて学習することが可能ですが、報酬や罰の影響を受けにくく、自分の意志に基づいて行動することが多いです。そのため、猫は特定の条件下でしか指示に従わず、「飼い主の命令に従うこと」を学びにくい傾向があります。
犬は群れでの協力行動を進化の過程で身に付け、人間の指示に従うことが家畜化の歴史の中で強化されてきました。一方、猫は単独行動を基本とし、人間に依存しない自立的な捕食行動を維持してきたため、指示に従いにくい特性が残っているのです。これらの違いは、彼らの進化、家畜化の歴史、脳の構造、学習スタイルなどの総合的な要因によって生じたと考えられます。
「取ってこい」行動の社会的・感情的意義
この研究では、猫が「取ってこい」行動を通じて飼い主と遊ぶことが、猫と人間の社会的・感情的な絆を深める可能性があることを指摘しています。猫は遊びを通じて飼い主と豊かな関係を築ける能力があり、この行動が猫と人間の相互関係にどのように寄与しているかを理解することが重要であるとしています。
今後の研究の展望と社会的インパクト
今回の研究は、猫の「取ってこい」行動に関する科学的知見を初めて提供するものであり、今後さらに猫と人間の社会的関係についての研究が発展していくことが期待されます。
猫は一般的に「独立的で気まぐれで無関心」といったイメージを持たれがちですが、実際には人間と豊かな社会的関係を築く能力を持っていることが強調されています。つまり、猫は単なるペットではなく、飼い主と協力して遊びやコミュニケーションを行うことができる存在であり、「取ってこい」行動が猫と飼い主の関係を強化する可能性があると主張しています。
研究者たちは、この行動が猫と人間の間で愛着を持った関係を構築する一助となると考えています。
まとめ


今回の研究結果から、猫も犬と同様に人間と豊かな社会的関係を築く能力を持っている可能性が示唆されます。
犬の「取ってこい」は、主に人間の指示に応じる協力的な行動と考えられますが、猫の場合は人間の指示に従うだけではなく、自主性や主体的な判断力を発揮している点が特徴です。従来、猫は犬と比べて「独立的」「無関心」といったイメージを持たれがちでしたが、この研究結果はそれを覆し、猫は社会的行動を通じて人間と絆を深めることができる存在であることを示しています。
今回の研究は、猫と人間の社会的関係についての理解を深める上で重要な一歩ですが、さらなる研究が必要です。特に、「取ってこい」行動が猫全体の中でどの程度普及しているか、また他の社会的行動とどのように関連しているかを検討することで、猫の社会的能力の全体像を明らかにすることが求められます。
今後、猫の社会的行動についてのさらなる研究が進めば、猫と人間の関係はより深く理解され、猫との生活がさらに豊かになることが期待されます。
出典:Making fetch happen: Prevalence and characteristics of fetching behavior in owned domestic cats (Felis catus) and dogs (Canis familiaris)
出典:Fetching felines: a survey of cat owners on the diversity of cat (Felis catus) fetching behaviour



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